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ロマネコンティ ロマネコンティ 2011 ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ DRC Romanee Conti フランス ブルゴーニュ 赤ワイン

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          Description

          ロマネ・コンティ 独自のエレガンス

          赤ワインの最高峰。世界で最も高価で、知名度の高いワインです。収穫年から3年目の初頭にイギリスでお披露目されます。日本で市場に出るのは3年目の秋です。
          ヴォーヌ・ロマネ村の1.8ヘクタールの畑からの生産量は平均6000本前後。この数字は作柄によって、大きく変動します。雹害で収量が激減した反動で豊作となった2017年は7524本でしたが、大勢の死者が出た猛暑の2003年は3575本まで落ち込みました。雨が降ってミルデューやカビに見舞われた年は、選別が厳しく、生産量は減少します。妥協なき姿勢が、安定した高品質につながっています。

          畑は東南東に向いているため、柔らかい朝日から夕方まで長時間にわたり当たり、ブドウの熟度が上がります。斜面の中腹にあり、標高は260から270メートル。5度から15度の傾斜があり、水はけがよい。ヘクタール当たり1万4000本の植栽密度で植えられたブドウ樹は競い合って、石灰岩の亀裂や断層のすき間をぬって地中深くに根を伸ばし、複雑な養分を吸い上げます。

          無限のアロマ、シルキーな質感、球体的なバランス

          理想的な地勢に、ビオディナミによる栽培、土壌に負担をかけない馬による耕作など、造り手の数しれぬ努力が加わり、優美で複雑な香り、シルキーな質感、繊細で旨味ののった味わい、球体的なバランス感に支えられたエレガンスを生み出します。熟成するとしおれたバラ、なめし革など、無限のアロマがグラスからあふれ出し、テロワールの偉大さを物語ります。

          リリース仕立てで飲んでも、しなやかなテクスチャー、豊かなアロマ、バランスの良さは伝わってきますが、それではもったいない。熟成させてこそ、ロマネ・コンティにしかない境地が体験できるのです。そこを読み取れない人には、なかなか感動を得難いワインかもしれません。逆に、その片鱗でも感じられる人なら、価値を理解できるに違いありません。

          2000年代以降のブルゴーニュは、ヴィンテージによって品質がばらついていますが、ロマネ・コンティについては、飲んで失望させられることはありません。コート・ドールの最高の立地の畑から生まれる独特の世界がそこには存在するからです。

          生産者ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ
          DRC
          ワイン名ロマネコンティ
          Romanee Conti
          ヴィンテージ2011
          容量750ml
          解説パーカーポイント: 96点
          予想される飲み頃:2017 - 2035

          The 2011 Romanee-Conti was picked on 6 September at 26.83hl/ha. As usual, the Romanee-Conti is reticent at first, as if the wine is checking you out before deciding whether you are worthy. It then unfurls to reveal a precise, exquisitely focused bouquet with crushed strawberry, flint and smoke. The palate is devastatingly smooth on the entry. The tannins are lace-like, the acidity perfectly judged and it gently crescendos in the mouth towards a seductive poised finish that lingers incredibly long. This is a master-class in ‘less being more’: a consummate Romanee-Conti for mid- rather than long-term cellaring. 473 cases produced. Drink 2017-2035+
          (211, The Wine Advocate 27th Feb 2014)
           

          神話的な造り手 ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの全貌に迫る

          ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)のワインは、愛好家が最後にたどりつく終着点です。ワインを超えた神話的な存在と言ってもいいでしょう。ヴォーヌ・ロマネ村にある1.8ヘクタールの畑の十字架の前に立てば、だれもが霊感にうたれます。グラスを傾ければ、輝くような透き通ったルビー色と、かぐわしいアロマに魅惑されない飲み手はいないでしょう。

          世界最大のワイン検索サイト「ワイン・サーチャー」が、検索数に基づいて選ぶ「世界で最も高価なワイン」のトップは常にロマネ・コンティです。「世界で最も探されているブルゴーニュ」のトップ10にも、毎年のように6つのグランクリュから生まれる赤ワインがランクインします。

          なぜそこまで人気を集めるのか?
          その理由を知るにはまず歴史から知る必要があります。

          13世紀までさかのぼるロマネ・コンティの歴史

          ブルゴーニュの畑を修道僧たちが開拓したのはよく知られています。ベネディクト派修道会のサン・ヴィヴァン・ド・ヴェルジィ修道院は、1232年、「ル・クルー・ド・サン・ヴィヴァン」の畑を手に入れます。後に、ロマネ・コンティ、ロマネ・サン・ヴィヴァンと呼ばれることになる畑です。

          クルー・ド・サン・ヴィヴァンの畑は、4つの隣接するクルー(cloux 現在のclos)で構成されていました。17世紀前半、クルーの1つクルー・デ・サンク・ジュルノーと隣接する3クルーの畑がラ・ロマネと呼ばれるようになりました。この隣接する畑がリシュブールです。ロマネは周辺の最高級銘柄の5-6倍の値段で売られるようになっていました。
          コンティ公ルイ・フランソワ・ド・ブルボンは1760年、ロマネを購入しました。贅を尽くした社交生活を送っていたコンティ公は、畑から生まれるワインをパリにあるタンプル宮殿で開くパーティで、上流階級の人々に供しました。コンティ公の身近な人々しか飲めなかったため、後にロマネ・コンティと呼ばれるワインはこの頃から既に神秘的なオーラをまとっていました。

           コンティ公とともにロマネを欲しがっていたポンパドール夫人が、悔しさのあまり、宮廷からブルゴーニュを一掃し、シャンパーニュしか出させなかったという逸話がありますが、これは後世に造られた真偽不明の伝説と言われています。

          13世紀までさかのぼるロマネ・コンティの歴史

          18世紀からラ・ロマネ・コンティの呼び名

          フランス革命を経て、教会と貴族の所有していた畑は国家に没収されました。1794年、ラ・ロマネと、現在のヴォーヌ・ロマネ村の外れにあるラ・ゴワイヨットの畑は、パリに住む園芸家が競売で落札。ラ・ロマネ・コンティと呼ばれるようになったのはこの時からです。

          ロマネ・コンティの畑は1869年、ジャック・マリー・デュヴォー・ブロシェに売却され、1912年にジャック・シャンボンとマリー・ドミニク・ド・ゴーダン・ド・ヴィレーヌの手に渡ります。この時に、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティという名称が登録され、ド・ヴィレーヌ家の歴史が始まります。

          グランクリュしか世に出さないDRCが1999年、2番果からヴォーヌ・ロマネ・プルミエクリュ・キュヴェ・デュヴォー・ブロシェを生産したのは、例外的なヴィンテージにドメーヌの創設者にオマージュを捧げるためでした。
           ちなみに、ブルゴーニュで所有者の名前を冠した畑は、ロマネ・コンティとクロ・デ・コルトン・フェヴレイだけです。

          ド・ヴィレーヌ家とルロワ家の共同経営

          2度の大戦で疲弊したブルゴーニュは1960年代まで、厳しい状況が続きました。第二次大戦中には、販売代理店だったジョゼフ・ドルーアンに一部を売却しようとしたほどです。モノポールだったロマネ・コンティやラ・ターシュの畑が、クロ・ド・ヴージョのように分散するのを怖れたDRCは1942年、法人化され、オーセイ・デュレスのワイン商アンリ・ルロワとエドモン・ド・ヴィレーヌが共同経営者となりました。現在まで、ルロワ家とド・ヴィレーヌ家が共同経営する体制が続いています。

          74年、ラルー・ビーズ・ルロワとオベール・ド・ヴィレーヌが共同代表取締役に就任しました。77年には、ブルゴーニュで初めての選果台を設置し、品質を向上させます。78年、85年、89年、90年と優良なヴィンテージを生み出しました。91年にラルー・ビーズは解任。姉ポーリーヌ・ロックの長男シャルルが代表となりましたが、交通事故で亡くなり、弟のアンリ・フレデリック・ロックが後を継ぎました。ロックは2018年11月に病気で亡くなり、後任にはいとこで、ラルー・ビーズの1人娘ペリーヌ・フェナルが就任しました。

          現在はオベール・ド・ヴィレーヌとペリーヌ・フェナルの2人が共同経営しています。

          ド・ヴィレーヌ家とルロワ家の共同経営

          2016年にビオディヴァンの認証/伝統的な全房発酵と新樽100%熟成

          1985年からオーガニックを始めて、90年からビオディナミに転換。2016年にビオディヴァンの認証を取得しました。オベール・ド・ヴィレーヌはビオディナミの導入はフィネスを高めて、畑の個性をより明確に表現するためだと語っています。

          DRCの醸造は伝統的なスタイルです。開放式桶で発酵。全房発酵を導入し、スパイシーなうまみとエキスのたっぷり詰まった風味に仕上げます。ともすれば青くなる全房発酵ですが、その比率は常に60%を超えています。熟成は新樽100%。月齢に合わせて瓶詰めします。

          DRCは2009年からコルトン、2019年からコルトン・シャルルマーニュを生産しています。コルトンはプランス・フローラン・ド・メロードから3区画を借りて、コルトン・シャルルマーニュはボノー・デュ・マルトレから畑を借りています。

          7つのグランクリュを含む自社畑は28ヘクタール/
          50年近い平均樹齢30ヘクトリットル台の低収量

          自社畑は、ヴォーヌ・ロマネの6つのワインとモンラッシェを合わせて計28ヘクタール。すべてグランクリュで、樹齢は高く、収量は豊作の年でヘクタール当たり30ヘクトリットル台。難しい年には20ヘクトリットル前後まで下がります。厳しい選別を行い、ドメーヌの名に恥じないワインを出すためです。総生産量は年間10万-11万本。自社所有畑の面積と樹齢は表の通りです。

          ド・ヴィレーヌ家とルロワ家の共同経営

          ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ一覧